ラトビアの味の探究


 ラトビア独自の味を紹介したいのですが、普通によく食べられたり調味料として使われている、黒パン、サワークリーム、ベリーを使ったソース、ニシンの酢漬け、クワスなどは、それらをよく消費している、エストニア、リトアニア、ロシアのものとは、それぞれ味や風味がおそらく違うのでしょうが、私にはそれは分りません。他の大方の日本人もそうだと思います。

 何か独自の物がないか、考えてみたのですが、あるものに思い当たりました。それは「リガ・ブラックバルサム」というリキュールです。これは、分かりやすい例で言うと、薬草を多く使って作られているので、養命酒のようなものですが、初め口にするとまず甘く、だんだん「薬臭く」なり、苦くなります。これについての詳しい次の説明は、Wikipedia「Riga Black Balsam」の一部を翻訳したもので、最後に載せた出典はその中に記されているものです。なお、バルサムとは樹木の幹から分泌される、樹脂と精油が混ざった粘りけのある液体のことです。
 「1752年、リガ在住の薬剤師Abraham Kunzeアブラハム・クンツェによって考案された。」「伝説によれば、エカテリーナ2世女帝がロシアへ帰還途中、リガで・・・重病に倒れ、・・・クンツェが治療を依頼された。バルサムがエカテリーナ2世を治癒した成功により、この薬はヨーロッパ全土で人気を博し、クンツェはその後50年間にわたりバルサムの独占製造権を獲得した。」「当初、クンツェのバルサムは芳香水(75%)とチンキ(セージ、ディル種子、ペパーミント葉、ラベンダー花、ローズマリー、シナモン)の混合物で構成されていた。」「現代のリーガ・ブラック・バルサムは24種類の天然原料からなり、17種の植物原料を含む——ビルベリー、ブルーベリー、ラズベリー、白樺の芽、※苦草(※にがくさ。シソ科の多年草 私注)の根、ペパーミントの葉、アブサンの茎と葉、ショウガの根、★バレリアン(★西洋カノコソウと言われるオミナエシ科の多年草ハーブ 私注)の根、♯甘草(♯かんぞう。マメ科多年草 私注)の根、◎メリッサ(◎レモンバームとして知られるシソ科の多年草 私注)の葉と茎、ヨーロッパシナノキの花、オークの樹皮、▼セントジョンズワート(▼西洋オトギリソウと言われる同名科の多年草 私注)、ミズアオイの葉、黒胡椒、 オレンジの皮、ナツメグ。 」アルコール度数45%の溶液に、これらの「植物原料を浸漬し、オーク樽で30日間熟成させてリガ・ブラックバルサムのエッセンスを製造。これに蜂蜜、カラメル、天然果汁その他の原料をブレンドし、陶器の瓶に詰められる 」「しばしばラトビアの国民的飲料と見なされている。・・・◇ブラックカラント(◇黒スグリ、カシスとも言われるスグリ科の低木 私注)の実、チェリー、さらにはブランデーを加えたバリエーションも存在する。
 私が初めてこれを知ったのは、2023年、「歌と踊りの祭典」の見学ツアーに参加し、ラトビアからエストニアへバスで向かう途中のレストランで昼食をとった時でした。「ラトビア風肉ジャガ」とでも言えるものが出てきましたが、日本人の口にとても合う甘じょっばい味でした。まさか醤油を使っている訳がないだろう、と思って添乗員の方から店に調味料を訊いてもらったところ、スタッフが持ってきたのが、この「リガ・ブラックバルサム」だったのでした。2025年個人でラトビアに行ったときは、リキュールとしてストレートで飲んでみたくなり、体験してみました。

  

「ラトビア風牛肉ジャガ」右のがこれを食べたとき、店が示したもの。これはカシス入りのものでした。

  

リガ国際空港の免税店でたくさん売っていました。アルコール度数は45°ですが口当たりはいいです。

  


 もう一つ、ラトビアで特別な意味をもつチーズを紹介しましょう。それは「ヤーニスのチーズ」と呼ばれる、ウイキョウ(クミン)の種入りのものです。ヤーニスとは、6月23日、24日という夏至の近くに行われる祭のことです。特に24日は洗礼者ヨハネの誕生日とされています。 「ヤーニスは、豊穣、光、自然の再生を祝う異教の伝統に深く根ざしています。この祭りはキリスト教の聖人、洗礼者ヨハネ(Jānisヤーニス)にちなんで名付けられており、キリスト教以前の古代の儀式と一致しています。古代においては、自然の力を讃え、さまざまな儀式や習慣を通じて豊作を願う日でした。・・・ヤーニスの最も重要な習慣のひとつは焚火を灯すことです。これらの大きな火は、邪霊を追い払い、繁栄をもたらすと信じられています。家族や友人が火の周りに集まり、伝統的な歌を歌い、踊り、共に祝います。
 この祭で、必ず食べられるチーズが、牛乳、バター、サワークリーム、卵、そして必ず入れるクミンシード(種)などから作られる「ヤーニスのチーズ」です。私はリガのラトビア料理レストランで下の写真の「ラトビアチーズの盛り合わせ」の一つとして食べたのですが、このチーズを説明した多くのサイトで、そもそもこのチーズは丸い形に作って、夏至祭の信仰対象である太陽を表すものとされています。私はそれをカットしたものを食べたわけでした。私はクミンそのものやそれを中心に使った料理は、何か腋臭のようなきつい香りに感じてちょっと苦手なのですが、この種入りのチーズは抵抗なく食べられました。「軽めの刺激のある独特の香りと味わい」としか表現できないのが残念です。
 20151113日には、ヤーニスのチーズ(Jāņu siers)を欧州連合の「保証された伝統的特産品(Traditional Speciality Guaranteed)」登録に加える申請が欧州委員会で、規則2015/2045の採択により、正式に承認されました。これにより、定められたメーカーの定められた方法で生産されたものだけが「ヤーニスチーズ」を名乗れるだけになったわけです。やはり、この「ヤーニスチーズ」はラトビアの独自の味、と言えます。



4種類のラトビアチーズ盛り合わせ。上から2番目の小さな茶色いものが入っているのがヤーニス・チーズ。3番目のは、緑色のディルを刻んだものを入れたり被せたものだと思います。
リトアニアではチーズに蜂蜜を付けるものがありましたが、このレストランではクランベリージャム?を付けて食べさせるようであり、ちょっと驚きました。


 EUの「保護された地理的表示」として登録されているものとして、Latvian grey peas、ラトビア産の大粒灰色エンドウ豆があります。ラトビアの特定地域で栽培・加工された灰色エンドウ豆のみが「ラトビア灰色エンドウ豆」として販売できるのです。したがって、これを使った料理がラトビア特産となるわけです。私が食べたのは次の二つでした。
 一つ目は、煮て赤みまたは紫みを帯びるというそのエンドウ豆とベーコン、玉ねぎを炒めたもの。先ほどの「肉ジャガ」のレストランで出てきました。


 二つ目は、セルフサービスのレストランで「これがラトビアだよ!」と陽気なスタッフに勧められた、ミートボールにエンドウ豆を潰して作ったソースを掛けたもの。これはまろやかな旨味もある塩味で、くせが無く美味しかったです。



 じゃがいもは、他の国でも当然よく使われていますが、ラトビアではマッシュドポテトとして付け合わせに出て来ることが多かったです。独自の料理かな、と思ったのは、ラトガレ地方のダウガフピルスのレストランにあった、メニューの一つとしての、じゃがいもをすり潰して作る、塩味で何も具を入れてないパンケーキでした。このようなパンケーキは、ロシアやベラルーシでは肉入りのものが多いとか、ポーランドではジャムを添えるなどの傾向があり、塩味だけの素朴なものがレストランメニューにあるのは、ラトビアの特徴かもしれません。


白いものはサワークリーム

 私はライ麦パン(いわゆる黒パン)は皆同じようなものだと思っていましたが、ここまで調べつつ書いているうちに、ラトビアの製法は、麦粉を常温の水ではなく、90~95℃の沸騰に近い熱湯を使ってこね、砂糖、モルトやクミン(またはそのシード)を材料の一部として使うもので、ラトビア特有であり、これが国内で一番広く生産されている方法だと分かりました。そして、このパンはEUの「伝統的特産品」および「地理的表示保護」制度に登録されていました。これは、甘味と香ばしさを引き出すものだそうです。ただ、ラトビアのホテルの朝食で提供するものは、万人向けの味にしたものが多いとのことで、そのような特徴がはっきりわかりませんでした。ただし、私が食した、ビーフや野菜や豆のスープを入れ、黒パンをそのまま食べられる容器としたものと、黒パンを揚げたり焼いてかちかちにしてスナックのようにしたものはラトビア特有なもののようです。


ラトビアのホテルなどで見られる「黒パン」

   

左は「黒パン容器」に入ったビーフと野菜のスープ。右は黒パンをカチカチにしてサワークリームを付けて食べるもの。


 魚は、ニシンの酢漬け、塩漬け、マスタード漬けが一般的なようですが、スーパーなどの売り場では、様々なそのヴァージョンが並んでいました。また、ロシアの影響でしょうか、イクラも食べるようです。たこも売っていました。


 

左はリガのホテルの朝食バイキングのもの。spratはニシン科のものだが、ニシンとは違う魚。右はヴァルカの食品店のもの。

 

 また、次の赤玉ねぎの塩漬け(塩辛過ぎて口に合いませんでした)やミックスベリーソースなどは他の近隣諸国にもありそうですが、こういう一般的なものと、先ほどから紹介したいくつかのラトビア特産のものとの、様々な組合せの総体が「ラトビアの味」とでもいうものでしょう。

   




McLagan, Jennifer (2014). Bitter: A Taste of the World's Most Dangerous Flavor, with Recipes [A Cookbook]. Ten Speed Press. pp. 129–130.
Kernot, Emily (14 February 2012). "Travel: Eternal life for Empress' elixir". The New Zealand Herald. Retrieved 28 December 2019.
Sļičkovs, Aleksandrs; Ņikišins, Aleksandrs (2017). Journey to the land of Black balsam. Uzbek Palace. p56
④サイト:"Riga Black Balsam". Baltic Spirit. Retrieved 28 December 2019
Nutritional and Health Aspects of Food in Eastern Europe. Academic Press. 2021. p. 177.
Spratte Joyce, Katy (13 May 2020). "Move over world-famous Italian bitters, Latvia's funky, herby liqueur has arrived". Chilled Magazine. Retrieved 30 November 2021.
⑦サイト:「Celebrating Jāņi: Latvia's Midsummer Tradition 」の翻訳より
 «Arī Jāņu sieru iekļauj ES nacionālo produktu reģistrā». Latvijas Avīze. 2015. gada 17. novembris. Skatīts: 2016. gada 22. oktobrī.
    «Jāņu sieru iekļauj ES nacionālo produktu reģistrā». Neatkarīgā Rīta Avīze. 2015. gada 17. novembris. Skatīts: 2016. gada 22. oktobrī.
    «Eiropas aizsardzību iegūst arī Jāņu siers». Lsm.lv. 2015. gada 17. novembris. Skatīts: 2016. gada 22. oktobrī.
⑨COMMISSION IMPLEMENTING REGULATION (EU) No 12/2014 of 8 January 2014


  


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