スペイン料理の一端


 セビーリャのカフェで英語メニューの「sandwich」と書かれたものを頼んだら、次のものが出てきた。調べてみると、上はPan Con Tomate(パン・コン・トマテ。「パンとトマト」)という、すりつぶしたトマトの実とにんにくを混ぜたものをペースト状にして、トーストしたパンに塗ったもの。カタルーニャ地方で生まれた朝食の定番の一つと言う。下はスペインの代表的生ハム、Jamón Serrano(ハモン・セラーノ。「山のハム」の意味)を乗せた「ハモン・セラーノのサンドイッチ」というもの。一緒に出てきたミニカップのものは、ジャムか蜂蜜かと思ったらこれらに付けるオリーブオイルだった。それぞれシンプルだがスペイン料理の基本中の基本のように思えた。生ハムはそんなに塩辛くなく、もっちりとしていた。


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 マドリッドのあるBar(カウンターのある飲食店)にはハムの塊が吊るされていた。


 この二つの具は、ホテルの朝食バイキングのメニューとして置かれていた。


 ちなみに、バルセロナの庶民的レストランで、テーブルの上にあった調味料は塩、胡椒の他に、ワインビネガーとオリーブオイルだった。これらはにんにくとともにスペイン料理の基本である。


 オリーブ油は揚げ物にも使われる。下のイカとホタルイカの天ぷら風のものを食べた。レモンを絞って掛けて食べる。レモンもスペイン料理の味の大切な一角をなす。特に、このイカの揚げ物はイカがとても美味しく、今回のスペイン旅行中で食べたものの中で一番だった。
 また、Croqueta(クロケッタ)というクリームコロッケも揚げる。

  

左はCalamares Fritos(カラマレス・フリートス)。 右はChopitos Fritos(チョピートス・フリートス)


   

左は白身魚の揚げ物。甘いソースがついていた。右はクロケッタ


 オリーブはその形のまま食べることもある。オリーブ油やにんにくに、またかなりきついスパイスとともに漬けたものもある(右下。マドリッドのBarで「お通し」のように最初に出された)。タイで「ナンプラー」に衝撃を受けたように、「これがスペインから受ける洗礼か!」と思った。帰国してから、オレガノ、セージ、タイム、そしてクミン、と香辛料を買って香りを比べたが、このオリーブ漬けで使われていたのは、皆が「腋臭の臭いに近い」というクミンだったようである。カレーの臭いの重要成分だと思っていたが、直接それだけを単独で嗅ぐと、強烈であった。

    

 
 日本人にも有名なのが、ジャガイモを入れたオムレツ(Tortilla Espaoñòla トルティーリャ・エスパニョーラ)と、サフランで炊き上げるパエリャ(Paella)である。

ホテルの朝食バイキングにあったトルティーヤ

 オムレツと言えば、グラナダのフラメンコを見たレストランでいくつかの中からの選択で出てきた下のものは、なにかグニャとした材料を入れて焼いたものだったが、その材料が何だったかは帰国するまでは調べる暇が無くて分らなかった。何か貝の一種だろうか、と思っていた。しかし、メニューを撮影していたおかげで、これが「Sacromonte omelette」という、グラナダのアルバイシン地区の一角Sacromonte地区の名物のもので、何とその「ぐにゃ」としたものは、豚または羊の脳、睾丸を細かく切ったものだったとわかった。何も知らずに「オムレツだからこれにしよう」と頼んで、知らずに普通に食べたのだった。クセは全く無かった。ただ、グニャとした食感だけは記憶に残っている。味付けは白ワイン、オリーブオイルで付けているものだが、もし材料を事前に知っていれば食べられなかった、いや注文すらしなかったであろう。

豚や羊の脳や睾丸を入れたオムレツ。赤い粉はパプリカだと思う

じゃがいもは素材としてよくよく使われるようで、日本で言うポテトサラダのようなものを数回食べた。酸味がなく、むしろ少し甘めな味付けだった。

   

左はセビーリャのBarで勧められた、タコの入ったサラダ。クラッカーのようなものが付き、かかっているソースは甘めだった。右はセビーリャのレストランの「春祭り記念特別コース」で出た半熟玉子を乗せたサラダ。


  パエーリャであるが、下左はグラナダの「スペイン料理も出すトルコ料理店」の海老のパエリャで日本人のイメージするもの。右はマドリッドの庶民的レストランで食べた、海老、イカ、ムール貝のおじや風海鮮パエリャ。色が茶色なのでびっくりしたが、知り合いの女性によると、サフランをお湯に浸け、トマトと合わせるとこういう色になるのでは、との話。旨味が濃くて美味しかったので、あるいは後で述べるピカーダをつかったものかもしれない。ただ米は堅かった。量は多く見えるが、薄く伸ばした盛り付けだったので、完食できた。

   


 オリーブ、にんにく、トマト、レモンなどは地中海沿岸のイタリアやギリシャなどでも基本食材、調味料として使われている。今回のスペイン旅行で食べたものの中で、一番「これはスペイン独特だ」と思ったのは、「zarzuela サルスエラ」と言われる、魚介をスープで煮込んだ料理であった。特に癖や臭みや強烈なスパイスを感じるものではなく、コクと旨味を強く感じる茶色いスープであった。現地でウェイターに翻訳機で「このスープは何を使って作っているのか?」と質問したが、話がうまく伝わらなかったのか、それとも「そんな面倒な説明をする必要なし」と思われたのか、無視されてしまった。たしかに、帰国して調べたら結構手の込んだ煮込みだった。


バルセロナのレストランで食べたサルスエラ。茶色の煮込み汁に、海老、白身魚、ムール貝、あさり、帆立が具材として入っていた。旨味とコクがあって美味だった。


 このサルスエラには、スペイン独自と言っていい、料理で作る「調味料」ピカーダpicadaという、にんにく、ローストしたアーモンドスライス(またはヘーゼルナッツなど他のナッツも使うことがある)をすりつぶしながら白ワインを加えて作るものが加えられている。ナッツをつぶしたものを使うのが大きな特徴。もちろん白ワインの味もスペイン特有のものであろう。仕上がるとうす茶色になり、これとトマト汁が合わさると上のような茶色いスープになるとのこと。もちろんオリーブオイルもたっぷりと使う。他の国のものとは違う、スペインの味の真髄に触れた気がした。
 私は、他の国のサイトのところでも述べているが、ある国の料理を紹介するなら、ただ珍しい食材を使っているとか、珍しい調理法だとかを言うだけでなく、例えば日本料理なら昆布・鰹節などの出汁、旨味のある独自の醤油、味噌、韓国料理なら、コチュジャン、キムチ味など、その民族、国の独自の味の真髄となる調味料、あるいはこのピカーダのように料理しながら作るソースのようなものを紹介しなければ、本当にその国の料理を紹介したことにならない、もっとこの面を他の方々は紹介、説明しなければならない、という考えを持っている(こういう話が好きなので、さらに言うと、出汁・醤油・味噌、というのはいわゆる伝統的な「和食」の基本中の基本であるのだが、「日本の料理全体」を論じるならば、それに加えて、日本人の子どもたちが一番大好きなJapanese curry、フライや焼きそばやお好み焼きなどウスターソース、とんかつソース、お好み焼きソースを使うもの、訪日外国人が食べたいものトップグループに必ず入る様々なラーメンや街中華、日本独特の味だとも言われているマヨネーズを使うもの、なども「日本料理」「日本独自の味」として視野に入れるべきであろう)。
  本場のスペインに行くまでは、「スペイン料理はにんにく臭いのだろう」という偏見を持っていた。しかし、たっぷりにんにくを使っているのだろうが、今回食べたものはその臭いを感じなかった。日本の焼きギョーザを食べた後の息の臭さが自分でもわかる、というあの感覚は味わわなかった。オリーブのスパイス漬けを除いては、総じてスペイン料理は日本のように素材の味を大切にし、海鮮や野菜のスープなどもよく取って効かせて旨味にもこだわっているようで、味は日本人の舌に合う、と感じた。もちろんスペインは広く、私はマドリッド、カスティーリャ・ラ・マンチャ、アンダルシア、カタルーニャというその一部しか行っておらず、さらにそこでもかなり限られたものしか食べなかったので、安易に結論を言うのはおこがましいが。