パリ訪問数回目でやっと上ったエッフェル塔。気になった塔中心の軸について。



 パリには2025年までに何回か行っていて、凱旋門や焼失前のノートルダム寺院やに上って、パリ市内を見渡したり、写真を撮ったことがあった。しかし、かつてエッフェル塔に上るために予約サイトをチェックしたら、8月だったせいか、どの日も空いてなかった。それでエッフェル塔登頂はずっと避けていた。2025年は、他の国に行った後、パリの知り合いに会うためのたった3日間の訪問だったが、「空き時間をどうしようか」と考えたとき、行くのが7月上旬だから少しは空いているかもと思い、やっとこの塔に上ろうと思い立ったのである。日本語のツアーは満席だったため、英語のツアーを予約した。どうせなら最上階まで行こうとしたら、追加料金もかかり、結局16,000円くらいの負担となった。
 予約当日、集合地点として指定された近くの土産物屋の前に行くと、日本人は私だけ。あとは欧米人が10名くらいのミニツアーだった。ガイドの若い男性は、アメリカ人なのか、アメリカ英語を身に付けた人なのか、ものすごい「巻き舌English」で、聞き取りはかなり困難だった。それでも皆の後にくっついて行き、セキュリテイチェックも難なく通過し、かなり待たされたが、エレベーターで皆が行く展望台に行き、期待したパリの眺望を楽しむことができた。

敷地内に入場し、下から見上げたエッフェル塔。エレベーターで上ってこの上の最初の展望台に行く。


右側の黄金ドームは、ナポレオンの棺のあるアンバリッド。そこから少し左上に改築なったノートル・ダム寺院。

真ん中少し左に凱旋門


 ツアーはこの展望台で終了となった。私は「オプション」で最上階展望台に行くので、チケットを見せてそこに上るエレベータに乗り込んだ。

  

最上階に各国の高い塔やビルの比較図があった。日本は東京タワーのもので、スカイツリーの情報は無かった。


ノートル・ダム寺院のあるシテ島が見えるかと思ったが、見えなかった。


凱旋門はより明確に見えた。



 日本に帰ってから、撮った写真を見ながら、エッフェル塔を中心に、北西にシャイヨー宮、南東にエコール・ミリテールが一直線をなして綺麗になっていることに気付いた。

北西のシャイヨー宮


南東のエコール・ミリテール(現在はフランス軍の高等教育機関かつ国防研究機関)


 これは、計画的になされたものと思い、調べてみた。次のような歴史があることが分かった。
 ①まず、1750年代、ルイ15世のとき、エコール・ミリテールとなる、軍の建物と練兵場があった。
 ②1878年パリ万博のために、エコール・ミリテールをほぼ基準として、軸上に向かい合うように、トロカデロ宮殿(フランスは共和国だが、大きな
  公共建築には「宮殿」の名を付ける)が来るように建築された。トロカデロとは、1823年、フランス軍(王政復古期)がスペイン自由主義者をスペ
  イン南部トロカデロ要塞で破ったことにちなむ。
 ➂1889年のパリ万博のため、エッフェル塔が、エコール・ミリテールとトロカデロ宮殿を結ぶ軸上に建てられた。エコール・ミリテールの練兵場は
  万博パビリオンの場所として、またその後にエッフェル塔との調和を図れる市民公園となるよう整備された。
 ④1937年、古いデザインと見なされたトロカデロ宮殿は取り壊され、現在のシャイヨー宮がエッフェル塔との調和を考えて建てられ、現在の二つの
  建物と塔が一直線になるような美観となった。シャイヨーとはここの古い地名である。

取り壊されたトロカデロ宮殿(パブリックドメイン)



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