増補 料理からスロヴェニアが見える
ある民族の料理を食すと、その民族の「魂の味」や、食材とその国独自の第一次産業との結びつき、他の国の文化の影響などが見えてくる。金銭と体力の余裕があれば、とことん食べまくり飲みまくりしてこれらを追求したいのだが、いかんせん異常な円安のため倹約せざるをえず、ちゃんとしたレストランでの食事は多くても1日1回以内で、あとはスーパーのどこの国にもあるようなサンドイッチや菓子パンなどでしのぐ。また、歳のせいもあり食事の量が減ってきているので、レストランでも1品だけのことも多くなった、ということで、これから語ることはスロヴェニアの食文化のほんの一端だということをお断りしておく。ただそれでも、スロヴェニア、というものが見えた。美味しかったのは、リュブリャナのレストランで食べた、「リュブリャナ風シュニッツェル」であった。
これは、もともとオーストリアで子牛の肉に細かなパン粉を付けて、フライパンや鍋に少量のラードやバターを入れ焼いたものであった。日本料理の「とんかつ」のような大量の油での天ぷら風「揚げ物」とは違う。リュブリュナ風シュニッツェルは、豚肉の間にハムやとろけるチーズを入れて焼くところが独自である。塩、胡椒、バターなどの味付けの他、オーストリア同様生レモンをしぼって掛けて食べることも多いようだ。この料理に、スロヴェニアの大半部が長くオーストリアに支配され影響を受けてきたことが端的に示されていると思う。また、豚肉を主としたり、ハムとチーズを挟むなど、スロヴェニアのオリジナリティが感じられる。レストラン「ヴォドニク・フラム」の同様のもの。レモンの他、甘めのマヨネーズも付けて出された。ところで、スロヴェニアのチーズであるが、リュブリャナの評判のいい、ワイン5種テイスティングをさせてくれる店で、「おつまみ」として次のようなチーズと生ハムの盛り合わせを頼んで3種味わってみた。右下の写真のあと1種はイタリア産のものだった。この3種は、小さく高くまとまっているのがやわらかく軽めのブルーチーズ。あとの、薄いチーズは、かなりクセのある堅めのブルーチーズとエメンタール風の堅いチーズであった。この堅めのブルーチーズ(一番左のもの)は、日本人だと臭く後味も引くので食べられない人がいると思う。正直、ワインとの相性を無視して、その単独の味で言うと、3つとも旨味はほとんどなく、イタリア産のチーズの方が旨味が有って美味しかった。
さらに、オーストリアの影響をもろに受けたものが次の盛り合わせ。ボヒニュ湖のロープウェイを上って着いたレストランの一品。メニューに「スロヴェニア風」とあったので注文した。ソーセージ、豚肉の燻製、ザウアークラフトとまさにオーストリア料理。ただし、左のこげ茶色のぼそぼそしたものが何か初め分らなかった。豚の血の加工品か、とおそるおそる口にしたらほとんど何の味もしないものだった。後で分ったが、これは蕎麦を茹でたもののようだ。農業のページでも紹介したが、スロヴェニアではよく蕎麦も作っている。ここにも、オーストリアの影響を受けつつ、スロヴェニアのオリジナリティを付け加えている姿を見る。なお、リュブリャナのレストラン「ヴォドニコフ・フラム」では「カルニオラ風ソーセージ」という一品を提供していた。
左下の黄色のものはマスタード。右の単品ソーセージの白いものも辛い磨ったホースラディシュ。
この他に、「あっ、オーストリアの影響ではないかな?」と思ったことがある。リュブリャナ市博物館のカフェでパイ状でジャムを挟んだショートケーキを頼んだら、甘くない生クリーム(ホイップクリーム)が付いてきた。私は食べたことがまだないのだが、ウィーンでは、ザッハトルテとかアプフェルシュトゥルーデルといったケーキにお口直しのために甘くない生クリーム(ホイップクリーム)が付いているとのこと。私は生クリーム(ホイップクリーム)が大好きなので、とても幸せな気分になった。
スロヴェニア料理がオーストリアの影響だけを受けたのかというと、それは正確ではない。下の、リュブリャナのスロヴェニア料理店「ユリア」で食べた「イストリア風パスタ」を見てわかるように、イタリアの影響も受けている。イストリア(イストラ)地方というのは、地図中の↑が示す半島を中心としたところで、現在大半がクロアチア領だが、かつてベネチア共和国→オーストリア帝国→イタリア→ユーゴスラヴィア・・・とその支配者が移り変わった。スロヴェニアの自然のページでピランの町を紹介したが、ほんの一部だけスロヴェニア領となって、その海岸は観光客を呼び寄せている。この料理は味付けのメインとしておそらくポルチーニ茸を使い、クリームソースと混ぜている。出されてきたときプーンとキノコの香りがした。塩味、旨味は薄かった。ネットで調べると、「イストリア風ソース」とは、トリュフ、ポルチーニ茸などのキノコ、オリーブ油、ワインなどを使ったものだとしている。イタリアの料理との違いは分らないが、もろ影響を受けていることは間違いない。
上に乗っているのはディルだと思われる
この味付けのソースを使った料理は、パスタを頼むとけっこうな頻度で提供される。
左はリュブリャナのスロヴェニアレストラン「ヴォドニコフ・フラム」の蛸入りパスタ。右はVila Bledホテルのレストランのパスタで、ニンニクの味付けをしたオリーブ油をかけるよう言われた。
なお、「ヴォドニコフ・フラム」は、お願いすると、分量が半分の「ハーフ・ポーション」にしてくれ、半額にまではならないが、0.7掛けくらいの値段にしてくれる良心的なレストランで、サービス係も親切である。
なお、「ユリア」では「スロベニアのキッチンから」と題して、先ほどのパスタの他、「スロベニア料理」として牛ヒレ肉のステーキも提供していた。ソースに酸味が無くちょっとした甘味があるのでも赤ワインではなく何か甘いリキュールを使っている様だし、付け合わせのマッシュポテトはレーズンのような風味が少し感じられたので、ブランデーも使っているかもしれない。付け合わせのアスパラガスも本当にちょうどいい焼き加減で、このステーキは美味であった。「ユリア」の店員はゴツイ感じの人も私が「delicious!」と言うとウインクで返すなど人懐こかった。
これらのほかに、スロヴェニアにはハンガリーだったプレクムリェ地方というところがあり、ハンガリー料理の影響もある。例えば、牛肉をパプリカで煮込んだハンガリーのグヤーシュと同様のもので、ゴラーシュがある。パプリカの「くせ」のようなものやスパイス感は無く、日本で普通食べるビーフシチューから「コク」と酸味、甘味を取ったような、純粋に牛肉の旨味に塩味を付けたものを堪能できる。
じゃがいもとともに煮込む
ちなみに、プレクムリェ地方ムルスカソボタの大変親切な四つ星ホテルは、遅くに着いた私のために、次のような「伝統的」という食事を用意してくれた。
この地域発祥と言われているデザートに、「Gibanica」ギバニツァがある。芥子の実、りんごすり潰し、レーズン、チーズクリームなどを各層として積み上げて焼いた温かいものである。
デザートと言えば外せない、ギバニツァ同様たいへん美味しいものがある。ブレッド湖のご当地スイート、Blejska kremna rezinaブレイスカ・クレムナ・レズィーナである。パイ生地の上にグラニュー糖を振りかけ、次に生クリーム、最下層はべちゃっとしたスポンジケーキのような、カスタードクリームを固めたものであり、全体的にたいへん上品な甘味を堪能できる。もし、そのまま日本に持ち帰れるものなら絶対に一番の土産にしたいものだが・・・。唯一の欠点は、チトーの別荘改造のホテルVila Bledのカフェで食べたため下の大きさで1個10ユーロと高価なこと(2025年5月時点)。
珍品も紹介しよう。人口で「第二の都市」といわれるマリボルのある醸造所が生産している「Green Beer」である。それが飲めるのはマリボル城から南南西に延びる道を50mほど行った東側にあるPivovarna Mariborというビアガーデン。ただし、当日「生産中」として置いてない場合もあるので要注意。飲んでみたが、普段飲むビール一般と香りも味も特に違っていなかった。私の感覚では色以外の違いは分らなかったということ。ビヤガーデンの従業員女性に「この色付けは天然成分か、それとも人工着色料か?」と訊いたら、「シークレットよ!」と返された。
スロベニアのオリジナル料理ではないが、一番美味しかったものを最後に紹介して終わろう。Vila Bledホテルのレストランで味わったビーフコンソメスープである。「私は胃が小さいからあまり食べられない」と言ったら、優しく上品な感じの女性店員が「じゃあスープはどうですか?」と薦めてくれたものだった。一口運んだ瞬間に「美味い!!」と叫びたくなった。私が今まで飲んだコンソメスープの中で最高のものだった。