興慶宮(こうけいきゅう)
712年に即位した第6代皇帝玄宗は、新たな宮殿作りを始めた。これが興慶宮であり、728年からこの中の勤政務本楼(復元はされていない)で政治を始めた。そして、溺愛した楊貴妃とともに、ここで牡丹などの花を愛で、酒宴を催し、池に遊んだ。李白を呼び詩を作らせた。また、日本から留学に来て唐に一生使えることになった阿倍仲麻呂もかわいがった。現在、かつての興慶宮のあったところに、その約37%の広さにあたる興慶宮公園が作られ市民の憩いの場となっている。

南側が入口

沈香亭(ちんこうてい)の復元。沈香という香木で作り、楊貴妃が100種以上の牡丹を愛でた。脇でコンサートをやっていた。

新たに科挙に合格した者たちがもてなされた彩雲閣と、酔っている李白像。

玄宗と楊貴妃が船を出して遊んだ池と楼閣。

公園の東南にある阿倍仲麻呂記念碑。脇に「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」の歌が刻まれている

公園の案内図には一部日本語が使われている

公園にはチューリップなど花が植えられ、遊園地もあり多くの人々が楽しんでいた